2017年2月1日

(孫)朝原内親王

よみがな:あさはらないしんのう

宝亀10年(779)に桓武天皇と妃酒人内親王の皇女として生まれ、4歳で斎王に選ばれる。
井上、酒人、朝原と三代続けて斎王となったのは後にも先にもない。

延暦4年(785)に伊勢の斎宮に入る。斎王は身内の不幸がなければ解任されません。
しかし、延暦15年(796)に桓武天皇は勅使を遣わせ、不幸ごとがなかったにもかかわらず解任し帰京させています。

桓武天皇と藤原乙牟漏皇后との間に生まれた安殿親王と結婚。
大同元年(806)5月に平城天皇が即位すると、それにともない妃となりました。

平城天皇は在位わずか3年で嵯峨天皇に譲位し、平城京に移りました。

朝原内親王は平城天皇に同行せず、弘仁3年(812)に妃の位を辞しました。
弘仁8年(817)4月25日、病気のため39歳で薨去しました。